お侍様 小劇場

   “妻の日に寄せて” (お侍 番外編 37)
 


夜も更けて…十時を回ると、
次男坊が眠そうに目許を擦って、
寝間のある二階へと上がってゆくのへと、
だが、最近では階段の手前で見送って引き返してくるようになった七郎次。

 『廊下は寒いだろから此処までいいって。』

久蔵殿の方からそう言ってくれたんですよと、
にこりと微笑って、だが、

 『こうやって1つずつ、
  手をかけさせてもらえないことが増えてゆくんですねぇ。』

仄かに肩を落とすところが、
慰めたほうがいいのかそれとも、窘めたほうがいいものか。
一度隣家の五郎兵衛へでも、
訊いてみようかと思っている、勘兵衛様だったりするらしい。
相手の意を酌むのは相当にこなれているが、
その持っていきようで、時折、他愛ない齟齬を見るのは、
何も彼らに限ったことじゃなし。
それに、それが一概にいけないことでもないのだと、
いつだったか、
話していた中で さりげなくも教えていただいたことがあったので、
こういうことへの相談は、彼へと持ってゆくに限るという刷り込みが、
勘兵衛の中へ構築されつつあるらしい。

 それはともかく。

天井の明かりは落としており、
灯してあるのは窓辺のスタンドライトのみ。
隅々は仄かながら夜陰に没した中、
黄昏色の柔らかな明かりが、
あまり物を置かないシックなリビングを、
優しい空間に染め上げていはするが。
明るんだ場所が限られたことから、
戻って来た七郎次も、
さっきまで掛けていた向かいのスツールには戻らずに、
勘兵衛が座している側の、
3人掛けのソファーへと足を運んで来。

 「もう一本、つけますか?」
 「いや。」

その足元へと腰を下ろしがてら、燗をつけた銚子を手にしたものの、
御主はまだよいとかぶりを振って。
酒よりその身の方をこそ、所望の主であったのか。
頼まれると思っての、腰を浮かしかけていた古女房、

 「あ。」

腕を取られたそのまんま、難無く引き寄せられていたりする。
急なこととて、バランスを崩した格好で、
言わば倒れ込んだも同然だったので。
その身を支えねばという反射と、
眼前においでの御主を、踏みつけぬように回避せねばということと。
それらが一緒に発動されたその結果……。
突こうとした手が脇へ逸れた分、
顔や胸元がそのまま深々と勘兵衛の懐ろへぽそり収まり。
お膝も同様に、ぶつかるのを避けたその結果、
畏れ多くも御主のお膝へ、
半分またがるような格好で乗り上げてしまっており。

「あ、あの…。/////////」
「いかがした?」

引っ張り込んだ側にしてみりゃあ、これで重畳という首尾だろが、
引っ張り込まれた側に、ここまでの予測はあろうはずがなくのそれで、

「何かお話でも?」

心からそうと訊く方も訊く方なら、

「うむ。」

大真面目に頷く方も頷く方だろう。
(苦笑)

 とはいえ、

では何の話があるものかというところ、一向に語り始めぬ勘兵衛なのを、
急っつくこともなく、和んだ眼差しで見上げている七郎次でもあって。

 互いの温みや重みに感触。
 吐息に混じる微かな笑みの気配や、
 瞬きという表情が乗って深みを増す、眼差しの色合いなどなどなど。

何かしら言葉を交わさなくとも、
相手から感じ取れるものはいくらでもあって。
時折視線をからませ合っては、それをただ堪能し合うもまた至悦。

 【 …では、妻の日というのを御存知ですか?】

天気予報を確かめたTV。
もう用なしと消しかけた勘兵衛だったが、
リモコンを持ち上げたままその手が止まった。
画面にはニュースショーの女性アンカーが映っており、
今日、12月3日はどこぞかの業者が申請した“妻の日”だとのこと。

 「…。」
 「勘兵衛様?」

ブームだ歳時記だにまるきり関心がないお人じゃあないが、
それにしたって…バレンタインデーやホワイトデー以上に、
世間へ普及してはない記念日の話。
彼が表向きに職務としてかかわっている、会社の役員の方々だとて、
そんなことをからめて契約先に気を配ろうなどと思いはしなかろう。
ましてや、島田の血族には縁のないこと…と思うておれば、

 「そうか、妻の日か。」

呟きながら、七郎次が胸元へと伏せていた左手を、
そちらはごつりとした大きな手で、そおと取り上げる勘兵衛で。
白い手の半ばに光るは、御主から春に贈られた銀の指環。
手放しはせぬとの錠前代わりなどと、
わざとらしい傲岸な言いようで茶化していたが、
所有の証しだとでも言わなければ、
そちら側からはなかなか凭れてくれない、
困った格好での気丈夫な妻なのだから仕方がない。
今だって、

 「……。」
 「何かしてやろうとか、思っておいでなら要りませんよ?」

さらり言われて…図星だったか、
そんな間合いで おやと懐ろを見下ろして来た勘兵衛へ、
清かな青の双眸が、柔らかな笑みの形に和んでたわみ。

 「家のことなら私がこなすことこそが至福です。」

他のことであったとしても、
特別なことというのは何とも慣れがありませぬ…と。
誕生日だ何だというのへ、何か贈るたび、
言いようは変えた上で必ず告げる一言を、やはり紡いだ女房殿。

 「……相変わらず、欲のないことよの。」

人への奉仕や喜んでもらうことがいかに甘露な倖いか、
一番知っている身で言うから面憎いと。
それでもそこまでは言わぬまま、
むうと口元、への字に曲げた勘兵衛へ。
くすすと微笑ってその身を擦り寄せ、精悍な匂いを堪能しつつ、

 “だって、こうしているのが一番のご褒美なんですのに。”

お買い物や外食にと出掛けてしまっては、
こんなして寄り添うなんて出来ないじゃありませぬか。
贈り物という形になったとて、
何が似合うかとお店で算段なさればなさるほど、
そちらでの時間を大きに費やされ、帰っておいでが遅くなる。
この指輪をくださったのは、そりゃあとっても嬉しかったが、
だけど、でも、

 “勘兵衛様ご自身を独占出来るのが……。////////”

それが何よりも勝
(まさ)る一番だからと。
慎ましいのだか贅沢なのだか、
一番の贈り物をもういただいておりますと、
そりゃあもうもう、上機嫌な奥方だったようでございますvv






  〜どさくさ・どっとはらい〜  08.12.04


  *あまりに短いのですいません。(う〜ん)
   12月3日は“妻の日”だと日記に書きましたところ、
   何名かの方々から萌えな反応をいただきましたので、
   勘シチでも書かせていただきました。
(笑)
   某Y様、見てますか?
   こんなでよろしければ進呈させて下さいませですvv
   決して
   “慣れぬ勘兵衛様に手伝ってもらうと却って仕事が増えます”
   とは言わないところが、良妻なんでしょうね。
(笑)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

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